FUJIWARAシステムの再生。
小林製薬のニュースが報道されると同時に私の中に上記のメッセージが何回も浮かびあがってきました。
当エッセイは私の直観による多次元&潜在意識ベースでのお話です。現象面のみの三次元レベル、顕在意識でのお話ではありませんので納得しがたい点もあるかもしれません。ご理解のうえ読み進んでいただけますと助かります。
FUJIWARAシステムとは、飛鳥時代、西暦645年頃の乙巳の変 ( 歴史的には「大化の改新」)によって、この国のトップに躍り出た「藤原家 (始祖は中臣鎌足 )」ファーストの政策、および社会の仕組みのこと。それらはその後この国で一旦姿を消しかけたようにみえ、明治維新をきっかけにしてさらに磨きがかかり、エネルギーそのものはこの令和の時代まで継承され続けてきたものです。
なぜ藤原なのか、実際どういうシステムなのかはまた別の機会に。
どうやらこの国はこの列島の「地」の民の意向を無視したところに成り立っているものらしい。
それはいつからなのか、何がきっかけになっているのか。
私がこの手の疑問にたどり着いたのはいまから4年ほど前でしょうか。
調べに調べつくした結果、奈良時代に入る前にこの国に暴力的革命が起こされ、そのエネルギーがくすぶりながらいまもこの国の主流派の中で生き続けているようだ、といかにもオカルトチックな結論がみえてきたのです。
厳密にいうと、そのエネルギーはさらに古代、弥生の時代にさかのぼるのですが、「暴力的革命」が史実としてはっきりとした形で残っているのは前述の、飛鳥時代、西暦645年頃の乙巳の変 ( 歴史的には「大化の改新」)です。
もちろん私の理解がすべてではないでしょう。おそらく私がたどり着いた史実らしきものはこの国の歴史のほんの一部に過ぎない、それでも知らなかったではすまされないような出来事があたりまえのようにこの列島で行われ続けてきた。私たちはそのことに疑問すら感じなかった。みようとしなかった、知ろうともしなかった、この地球の真の姿を。この列島の真の姿を。
その柱を個人的に便宜的に「FUJIWARAシステム」と名付けました。このシステムは日本だけでなく、世界中で同様のエネルギーがふくれあがり、どうあがいても権威、権力、名声、名誉などほんの一握りの血縁グループあるいはそれに準じたコミュニティのみが手にし、「一見」幸せを独占する、といういかにも、な世の中の仕組みを構築し続けてきた根幹であるようだ、との捉え方が私の真ん中にみえてきました。
その現象化のひとつがいま起きている小林製薬関連の出来事です。
小林製薬の問題について、いまはまだ原因究明の途中ですが「同族経営」が課題のひとつでは、とは言われています。さらに中でも会長の権力は絶大で社長であっても忖度する相手は会長だとの情報。これについては旧ジャニーズやビッグ・モーター、あるいは自民党清和会などでも同様の傾向が指摘されつつありました。
彼ら、ともちろん一括りにはできませんがその傾向として、「イエ・家」にこだわり、群れ・グループ「ムラ」を創り、その群れに属する存在だけが生きながらえる方法を模索し続けてきた、そのためならそこから外れる民は切り捨てても構わない、という基本姿勢が感じられなくはありません。目指すはイエやムラのトップ、「家長」であり「首長」であり、もしかしたら「カミ」そのもの ?
民に寄り添って。
消費者に寄り添って。
それらは彼らの方便ともいうべきもの、彼らは自分たちにとって不都合な輩は「ケガレ」としてすべて排除するという方法論を最優先してきました。それを民に気づかせないように「寄り添い」という言葉を巧みに操ってきているのがいまの「日本」で顕著にみられる姿のひとつだと感じています。
同時にそれはある時は国策ともなり、私たち民自身のこころの指針ともなり続けてきました。
「自分さえよければ」
その本質はこちらではないでしょうか。
私自身の中にそうした気持ちが皆無だったかと言えばそれはウソになります。
おそらく誰一人「自分さえよければ」と意識したことが一度もないという人はこの世界には存在しないはず。
なぜならこの世界のシステムの根幹が「自分さえよければ」だったのですから。
小林製薬の紅麹、そして青カビ混入。
紅・赤と青を混ぜると何色になりますか。単純に色の組み合わせとして。
紫、です。
紫はこの列島ではもっとも高貴な色とされています。
紫は何を象徴する色でしょうか。
藤原の「藤」、そう、藤原家の色が「紫」なのです。
天皇家ではありません、藤原家の色がこの日本で一番高貴な色なのです。つまり藤原家は天皇家よりも高貴だという位置づけです。
その「紫」を文学的に昇華したのが紫式部の『源氏物語』だと言います。
紫式部ももちろん「藤原氏」の一人です。光源氏のモデルとされた「藤原道長」と共に。道長を取り巻く貴族もすべて「藤原」。
確認していないのですが源氏物語に出てくる人物はもしかしたらむすべて「藤原」の人々なのではないでしょうか。
そんな「藤原家」の一見雅な世界の物語を私たちはこの国の代表的女流文学として学び続けてきたのです。
私自身、大学時代の専攻は『源氏物語』でした。当時まったくそんなことは知らなかった。
『源氏物語』は一部では藤原家によっていのちを絶たれた人々への鎮魂の目的で執筆されたと言われているようです。ということは藤原氏同士でもいのちを奪い合ったということが推察されてもおかしくありません。
裏を返せば、藤原家によっていのちを絶たれた人々の怨念があまりにも怖ろしく、その怨念が怨霊化しないように祟り神にならないように鬼にならないように、何とか御霊を鎮めて自分たちへの仕返しがなされないように、あのような恋愛模様、人間模様をあえて「藤原」の女性に執筆させた、その名前はもちろん本名などではなく「藤原の女」を意味するものとしていかにも人の記憶に残るように「紫式部」と設定した。
そもそも藤原家が民に寄り添う豪族・貴族であればそんな必要はないはずです。
民を自らの都合で排除し続けた一族だからこそあの名作が生まれた。
なんとも屈折かつ、素晴らしい仕組みだと取れなくはありません。これこそ「FUJIWARAシステム」の真骨頂かもしれません。誰かを落とす、一方で祀り上げる。それによって自分たちにさらに力がつくように。
しかし、これらの仕組みに対してリセット・ボタンがおされました。
なぜなら、この地球における事実は宇宙根源システムへと戻っていったから。そもそも宇宙根源システムそのものがこの世の仕組みであったのに、そこに背のりをしたのが「FUJIWARAシステム」エネルギーです。
同時にそれ自体も宇宙根源システムのひとつだった。
宇宙根源システムがこの地球のために、私たち人類、人間、民のために設定したものだった。
回り道をしてようやくここにたどり着きました。
「FUJIWARAシステム」エネルギーとともに。
あまりにも突出しすぎた「FUJIWARAシステム」は宇宙根源システムによって均衡の作用がもたらされる。
それがこの列島で起きている現象の多次元的事実の片鱗ではないでしょうか。
それは世界にも同時に波及している。
私は「FUJIWARAシステム」憎しで当エッセイを執筆したわけではありません。もちろん藤原一族への恨みでもありません。はじめはもちろん「なんてことをしてくれたんだ」という憤りでいっぱいでした。けれどそれは私たちに与えられた、ある意味Giftなのだと。そのことを受け容れるのにも時間はかかりましたが。
今言えることは、彼らと同じ土俵にのぼらない。
それが本来の宇宙根源システムへの回帰の仕方だと教えてくれたのが「FUJIWARAシステム」エネルギーだったのです。
ここをまちがえるとたちどころに「FUJIWARAシステム」の一員に戻ります。なぜなら、そういうデフォルト設定を施しているのがほかならぬ宇宙根源システムそのものなのだから。
何が言いたいか伝わりましたでしょうか。
「自分さえよければ」、そんな意識にひっばられることはしょっちゅうです。
けれどそれは宇宙根源システムの一部ではあってもすべてではないということを意識しながら、この世界でたったひとりの自分と、同時にひとつの「〇 丸」としての自分を生きていこう、とそんな、春。
私は前エッセイ
富士山からの贈り物 ~ 朝廷・太陽神の野望「統一」を超越して
の中で「富士山」と「藤原氏」の関係を記し、彼らが何を目指していたのか三次元的にひもといています。あくまでも個人的に。
併せてご覧いたただくと、話のつじつまの端っこくらいがみえてくるのではないかと感じています。
当然のことながら当エッセイはこの国の上流国民、「旧五摂家」をはじめとする藤原氏の子孫や末裔に向けた「批判」ではありません。同時に「憧れ」「妬み」でもありません。
この宇宙の構成要素の記号としての「藤原」について記しました。
そう、潜在意識でのお話、自分の内側に向けての内容です。
それは。
男性性社会の終焉のメッセージとともに。
◇ 参考
ROCK 和樂web Culture 不安になると求める色?「紫」を“ゆかり“と読む理由や意味を解説
『神なき時代の民俗学』 小林和彦
『神になった日本人』 小林和彦