情報はうのみにしない。
たった今改めてそう感じました。
あるサイトで買い物をしたのですが、ちょっと気になることがあって調べてみたら「詐欺サイト」としている情報が多く思いきり焦りました。
今、カード会社からの請求書をみましたが、特に金額的に問題はありません。商品もきちんと届きました。実はこのサイトは過去にも数回使わせてもらいました。日本の企業ではないようなので確かに取引段階でスムーズさを感じないところはありましたが、個人的には「問題なし」です。ホッとしました。もちろん回し者ではありません、純粋なるユーザーです。
ネットでの情報、他者をジャッジしている情報、少し距離を置いてみた方がよさそうです。その人の主観で良いも悪いも変わってきます。
もちろん不都合を感じて怒りの情報を発信している場合もあるのかもしれませんが、それが自分にとっての正解とは限りません。
自分のハートを信じる。このことの大切さを教えてもらいました。
情報はできるだけニュートラルな視点で、と私自身気を付けていますが、それでも私なりの解釈が入ってしまうことは避けようがありません。
そこに「愛を感じるか」「怒りを感じるか」、あらためて自分のハートの声に耳を傾けるその意味を感じました。
私の情報も鵜のみにしないで、ご自身のハートを信じてくださいね。
惑わされるのではなく、自分の判断を信じる。
そしてその責任は自分自身でとる。私自身への戒めとして。
※ 追記 当エッセイの前のエッセイはこちらです。海猫ちゃんの愛のメッセージ
わがマンションのシンボル・ツリー、勝手にそう呼んでいます、「ミモザの花」がだいぶ色づいてきました。色は黄色。
ミモザの花言葉は驚くほど麗しいものばかり。「友情」「優雅」「秘密の愛」「真実の愛」「秘かな愛」「豊かな感受性」「堅実」「エレガンス」「神秘」などなど。
ちなみに黄色には「コミュニケーション」「楽観」「ひらめき」というプラスの側面と「白黒つけたがる」「過度の批判精神」というマイナスの側面があるそうです(『アニマルスピーク~自然の力を借りる』テッド・アンドリューズ著)。
おもしろいですね、「コミュニケーション」に対して「過度の批判精神」が対応しているんでしょうか。そう、これ、ネット上の課題とリンクしませんか。誰かとコミョニケーションをとる。本来、お互いにわかりあいたくて。ところがうまく意思の疎通が図れずに、思わぬ怒りがわいて過度に相手を批判してしまう。本当は仲良くしたかっただけのはずなのに。