動物君のヒーリングの仕組みがわかった

動物君のヒーリングの仕組みがわかりました。動物君を癒すのではなく、動物君がヒーラーになってくれる、というお話です。

 

私の思考回路ははっきり言って変です。一般的常識とはかけ離れています。個人的に感じ取ってしまったのでお伝えしますね、という感じです。人の感性はそれぞれですものね。

 

さて、愛犬の鼻水は愛のメッセージでお話したんですけど、私は一か月ほど前に10日間、下痢や頭痛による大大デトックスを体験したんですね。その間、愛犬・華実がどうやらヒーリングをしてくれていたらしく、その時の私のこころの大便エネルギーがお散歩のときに突然、華実の鼻水となって体外に排泄された様子でした。

 

今朝のこと、私の鼻からかなり粘度の高い鼻水がドボッと出てきたのです。華実が出した鼻水と似た感じ。しかも華実と同じように左側の鼻から出てきました。タイムラグがあったのです、華実と私の間に。

 

これはどういうことかと考えてみたら、たぶんこういうことなんだろう、という答えが浮かびあがってきました。

 

私の体調不良。

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同時に華実が私をヒーリング。

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お互いに同じ症状を感じ、共振し、共鳴し合った。

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その結果、華実の体外排泄の方が早かった。

 

このタイムラグは、おそらく私のエゴによるもの。動物君はネガティブな感情を抱いても、それが持続しない、とする説があります。一方、人間は一旦ネガティブを感じるとそれが持続しやすい。私は10日間の大大デトックス時に、「過ぎていく」という安心感と同時に、やはり身体の不具合による不快感を感じていたのでしょう。華実はその不快感はほとんどキャッチしなかった。大元の私のこころの大便の部分だけキャッチした。

 

なるほど、こう考えるとわかりますね。

 

ペット君は私たちのこころの不具合を感じ取って一時的に体調不良の状態を起こします。私たちはそれが自分のこころからきているという認識がないので、単なる体調不良と捉えます。そこに現象面での原因をくっつけます。例えば「寒かったんじゃないか」とか「ごはんのバランスが崩れたんじゃないか」とか「一時的精神的ショックやストレスを感じたんじゃないか」と。そこにフォーカスしてケアの方法を考えます。症状に特化した考え方です。

 

私の場合はたいていの体調不良は調整のため、と捉えているため、自分自身の体調についても、華実や愛猫・海・うみの体調についてもほとんどケアらしいケアをしないままです。

 

すると「その時」が来ると、症状は自然におさまっている。

 

今回は、華実の場合、「その時」はお散歩時に突然に訪れ、その数日後、私にも「その時」は突然訪れた、ということ。そして私は華実の「その時」に自分自身のこころの歪みを見つめ直すことができたため、私の「その時」も自然に訪れてくれた。仮に私があの時、自分のこころを見つめ直さなければ、私の「その時」はもっと遅くなったか、場合によっては「その時」は訪れず、何回も同じ症状を繰り返すことになったのではないでしょうか。

 

この内容でお話が通じるといいのですが。

 

繰り返してみると、犬猫ちゃんは私たちのこころのアンバランスのエネルギーを自分の身体でキャッチして、私たちをヒーリングします。この時のアンバランスは悪いものではなく、ただその状態をあらわした言葉です。それが何らかの症状として犬猫ちゃんの身体にあらわれます。その症状の大元の感情に私たち自身が気づけば犬猫ちゃんの身体症状は自然治癒の方向に向かいます。同時に私たち自身にも同じような症状があらわれ、私たち自身の自然治癒力の働きが確認できます。両者の間には微妙な時間の差が生じますがお互いに「治癒」という結果を得ることができます。

  

さて、これは私個人が感じたひとつの仮説ですが、あなたはどう感じますか。

  

当エッセイの執筆内容だと伝わりにくい部分もあるかもしれません。心身医学と量子力学、そして人間と動物のつながりを融合して考えるとあながち真実と遠いわけではないということがわかってもらえるのではないかと感じています。あるいは東洋医学的にみたり、気功や整体の概念が身体にしみついている場合は案外すっと頭に入る内容ではないかと。

 

この選択だとお薬がいりません、自分のこころに向き合うだけ。仮にお薬類を必要としたとしても最小限、期間限定ですみます。もちろん投薬治療がいけないとかそういう意味ではないです。

 

私の人生の課題はこれだったみたい。華実と海・うみはその課題のサポーターであり、パートナーであり。

 

こんな考え方のお仲間が増えるといいな。心理学とか動物行動学とかに興味のある人。これだと動物君目線に近づくことができるから、いままでの健康論よりもっと楽しいはずなんですよね。

 

私は約15年、「ペットの主治医は飼い主さん」ということをずぅっとお伝えしてきました。その結果、たどり着いたところがこういう考え方です。お家ケアの一つの参考例として、お話しておきますね。

 

そうそう、私の中では病気はいけないもの、忌むべきもの、という概念がなくなってきています。当然、犬猫ちゃんの病気も私たち自身の病気も天罰なんかじゃないと。ただのシグナル。時が来れば過ぎるもの。

 

その辺のお話、以下でしていますので、よろしかったら併せてご覧になってみてください。

 

病気の概念 逆転 !

「私たちに天罰はくだらない」

 

 

 

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※ 追記 当エッセイの前のエッセイはこちらです。「あなたは不寛容」、気分爽快 !

 

 

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