ひかりのカーテン、キラッキラに輝いていましたよ~。
愛犬・華実とのお散歩。海・うみの向こうにひかりのカーテンがみえました。
この冬はなぜか例年よりドピーカンの日が少なくて、ここ、東京にほど近いベイ・エリアでも鉛色の空、という日が少なくありません。
きょうは半々くらい。青空も少し見えるけれど、大半は雲で覆われています。
そんな中でお散歩に行った公園のさきっちょ、海・うみの向こうに部分的にひかりのカーテンが見えるんです、太陽の光。そこだけ水面がキラキラ輝いている。
雲があるからこそのひかり、です。
私たちはひかりが良くて曇天は今一つと感じることが多いけれど、毎日ドピーカンだったら、ひかりのありがたみは薄れませんか。
私はリゾート旅行が大好きなんですが、リゾートに行くといつも思うんです、毎日このお天気だったら、なんだかおもしろみが少なくなるんじゃないかな、って。もちろん毎日青空、時々雨、も素敵なんですけど、日本人だからなのか、四季があって梅雨もあって、晴れる日、曇りの日、雨の日、雪の日があるから楽しみがたくさんあるのかもしれないな~、と。
お花だってそう。私はハイビスカスとかブーゲンビリアとか常夏系の花が大好きです。でも今の季節のビオラやストック、ガーデン・シクラメンとかも大好きなんですよね。
わがベランダ・ガーデンは少しだけズレはあるけれど、一応四季の装いを楽しませてくれています。中には宿根といって大してお世話をしていないのに、毎年その季節がくると知らないうちに花を咲かせてくれるコたちもいます。
そういうコを見た時に、花たちの生命力の強さに励まされ、あぁ、私たち人間にもこの力があるんだな、と改めて命の営みのすばらしさを想い出したりしています。
きょうのひかりのカーテンだって曇天だからみえたわけで、ドピーカンだったらみえなかった。
光と影、光と闇、どちらもあるから光が認識できるんですよね。
華実とのお散歩は本当に楽しい。若い男性の何人かは仏頂面して歩いていても私たちとすれ違う瞬間、私にみえないようになのか、華実をみつめて、すごく「い~いお顔」をしてくれるんです。わかります ? 動物好きが動物君にだけ見せるあの無防備な笑顔。それだって仏頂面があるからおもしろいんであって、いつもいつも無防備な笑顔だったら危ない人にみえてしまうかもしれない。
いずれにしても彼らは華実にだけとっておきのお顔をみせてくれるんです。その瞬間をのぞき見したような気分だけど、それはそれで楽しいもの。すっごく幸せな気分になれるんです。
それが華実とのお散歩時間の醍醐味。
こころが豊かになるというか、こころがピュアなところに戻れる。
元々私たちはピュアな存在だったことをしっかりと認識することができます。
それって華実がピュアだから。華実のこころが豊かだから。華実が幸せでいてくれるからこそ、なんですよね。
華実とのお散歩時間は私にとって最高の癒しの時間。
いつまで続くやら、ですが、その瞬間の歓びはしっかりと味わっていきたいな~。
きょうも幸せな時間を一緒に過ごしてくれてありがとう、華みん !
私にとって華実は大切なパートナーであるだけでなく、大切な師でもあります。彼らのゆるぎない愛。少しでも近づけるといいんですけれど、まだまだかな。ってことは華実はまだまだ私のそばにいてくれるということなんでしょうね。
※ 追記
きのうの「私たちに天罰はくだらない」を執筆した時は、かなりヘロヘロでした。その状態は今朝まで続いていました。
ところが。ストンと抜けたのです、デトックス完了。
ものすごいものが出ていってくれました。同時にものすごいプレゼントが届きました。
私たちはこうやって毎瞬毎瞬変化しています、進歩しています。その認識がなかったとしても。
もし今の人生に「停滞」のエネルギーを感じたとしても、そもそも私たちは同じところにとどまっていることはできない生き物だ、という真実を想い出してみてくださいね。
成長しろ、進歩しろ、変化しろ。というプレッシャーはほどほどに。みんなペースは違うんです。違ってあたりまえ。「今」はこの一瞬だけ。過去の自分とはすでに変わっています。