私と主人は性格がまったく逆、といえるくらい違います。場合によっては価値観が真逆ということもあります。
今、主人が「犬」系の本を読んでいて、「へぇ~、犬ってさ、こういう生き物なんだね」ということを一つ一つ報告してきます。中には私の知っていることもあれば、まったく知らなかったこともあって、その本に興味がわき、少しだけ読んでみました。
ところが全然おもしろくない、共感脳が働きません。主人はあんなにいろいろなことに驚いたり、共感できたりしているのに。
なるほど、脳の違いは完璧に感性の違いとなってあらわれるんですね。
元々主人は左脳系、私は右脳系。普段から読む本の傾向はまったく異なります。
私はわんこ本もやはり精神性について触れているものが好きで、主人の今読んでいる本は精神性皆無と言ってもいいくらい。
ただし主人が通訳してくれるとその本の内容は確かに興味深いことばかりなのです。
そんな本の読み方もあるんだな、とこの年になって新たな発見、です、びっくりしました。
夫婦って長く一緒にいると思考の癖が似てくるというじゃないですか。私たちの場合、少しはあるかもしれないけれど、どんどん離れているところもあるくらい、いゃぁ、話が通じない、お互いに。
それでも接点は持てるんだ、と。脳の違い、これ、すごく大切ですね。
多分同じ脳の人は二人としていない。傾向の似た脳の人はいるんでしょう。たとえ似た傾向でなくても、どこかで接点を持つことはできる。
今回そのことに気づかせてくれたのが「犬」系の本だ、ということが大きなポイントです。
動物君、中でもわんことにゃんこは、人と人をつなぐ架け橋としてのお役目をもっていて、そのつなぎ方は千差万別。その千差万別のユニークさを楽しませてもらっているんだな、と改めて愛犬・華実に感謝の想いです。華実が家にきてくれなかったら主人があの手の本を読むこともなかったでしょうから。
それにしても、誰かにとっておもしろい本がすべての人にとっておもしろいわけではない。それは本のグレイドのためではなく、単に興味の範疇の違いだけ、ということがわかり、すごく得した気分です。
そう、私の書くものがハートに響く人もいれば、なんてつまらないんだ、と感じる人がいるのは至極当然のことだとわかったから。私の執筆能力の問題ではないんですもの。ただただ自然なことだったんですね。脳の違いによるものだったんだ。センス、感性の違い。
感性なんてちがってあたりまえですものね。
私は私のキャッチした内容を文章化するだけです。それでいいんだ、それがいいんだ。
※ 追記 当エッセイの前のエッセイはこちらです。体質改善、実感 !
きょうは私の体調の回復祝いとちょっとしたお祝いをかねてホテルのランチ・ビュッフェをいただいてきました。事前チェックなし、での予約でしたが、ブイヤ・ベース他私の大好きな魚介類がたっぷりのメニューでした。お味もおいしくて、ちょっとリッチなご褒美ランチになりました。
いいですね、おいしいもの、好きなものをたらふく食べられるというのは。
あぁ、私は実は家族とのこういう時間を大切に思うタイプだったんだ、ということにも気づきました。両親や兄が他界して、私にとって一番近い存在は今、主人と愛犬・華実、愛猫・海・うみにかわりました。
この、大切な家族と一緒に、自分の人生、思いっきり楽しんでいこう、と本日の「宣言」、です。
自然体、等身大。自愛 self love 。