自然とお近づきになる

自然とお近づきになる。

 

そんな日本語があるんでしょうか。

 

なんとなくニュアンスで感じ取っていただけたら。

 

さて愛犬・華実とのお散歩。

 

よく考えたらここ数日、お天気が良くなかったこともあって、久々のお散歩となりました。

 

河津桜の桜林。20本くらい河津桜が植わっています。

 

おもしろいもので、桜にもきちんと個性があって、この時期、満開になっているコもいれば、まだ蕾のままのコもいます。

 

満開になっているコはどちらかというと背の低い木。

 

背が高くて枝ぶりの立派なコは、蕾に栄養が届くのに時間がかかるんでしょうか。

 

小柄な私へのエールかしら、と勝手に嬉しくなったりして。

 

その後、大島桜の桜並木に向かいます。

 

まだまだ蕾ばかり、と思いましたが一本だけ蕾が膨らんでいます。このコは毎年、フライング気味で真っ先に花を咲かせてくれるコ。大島桜にもそれぞれ個性があるんですよね。

 

こういう細かいことって、毎年観察しているからわかること。

 

そう、華実とのお散歩のお蔭で、私はこの辺のお花事情にかなり詳しくなってしまったのです。

 

それって考えてみると、自然との距離感が短くなっているということ。

 

以前お勤めをしていた頃には、四季の花に目も止まらなかったような気がします。気持ちに余裕がなくて。

 

この家に引っ越してきて、埋立地ながらたくさんの樹々や草花が植わっていて、特に春から秋にかけて、お花に話しかける、お花オバサンとかしています。

 

もしかして、彼らも私のことを覚えてくれているかもしれない。密かな期待と共に。

 

その傾向が強くなったのは、東日本大震災で被災してからです。

 

東北の被災地ほどではなかったものの、このエリアも地盤が崩れ、街並みが一変し、中には枯れてしまった樹々もあります。そんな中、あの震災体験を共に切り抜けてくれた植物が毎年、その生命力の強さをさりげなく、でも確実に見せてくれて、そのこと自体に元気づけられて。そんなことを感じているうちに、特にお花を咲かせる木には、親近感がわいて、まるでお友達気分です。

 

その状態をもしかしたら「自然とお近づきになる」といえはしないかと、そんなことを感じながら。

 

数日前、河津桜の花言葉をお知らせしました。大島桜にも同じものがありました。

 

「純潔」「精神美」

 

さらに、「神秘なこころ」「壮大な美しさ」「高尚」、そして大のお気に入り、「あなたに微笑む」。

 

自然に近づくと、自然もまたこころの距離感を狭めてくれるものなのかもしれませんね。

 

桜並木の周りはすでにピンクのオーラです。

 

最初気づいた時、気のせいかな、と感じましたが、まちがいありません。

 

あなたも桜林を見かけたら、枝の上の方をみてみると、もしかしたらピンク・オーラを感じ取ることができるかもしれませんよ。

 

植物は何も語りません、感情もあらわにしません、私たちのように。

 

だからと言って、彼らは仮死状態ではありません。常に活動しています。彼らは確実に生きています。全身でコミュニケーションをとりながら。

 

彼らとお近づきになると、自分も自然のメンバーとして迎え入れられた気分で、こころが和やかになります。

 

自然って壮大です。

 

季節の移ろいって、本当に神秘的。

 

だけれど、彼らに特別感はゼロ。

 

素晴らしき友です、素晴らしき師です。その辺、華実や愛猫・海・うみとそっくり。

 

この贅沢な時間を華実と過ごせて良かった。

 

華実は、私が自然界に近づくためのナビゲーターなのかもしれません。

 

「あら、美人さん !」

 

きょうも華実への賛辞は続きます。

 

「あ、このコ男のコです」

 

そんなやり取り、今年で14年目。

 

まだまだ続くといいな、この穏やかな瞬間・とき。

 

 

 

 

 

 

 

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