陰陽二元論という考え方があるのを知っていますか。中国独自の思想、または学説で、森羅万象、宇宙のすべてを「陰」と「陽」の観点で考える哲学のようなもの。
陰陽二元論には陽が善であり、陰が悪、という概念はありません。陰と陽はお互いに補完し合って一つの何かになる。すべてが森羅万象を構成する要素だ、という考え方をします。
日本ではかなりアレンジを加えた「陰陽道」が、この思想と関連があるそうです。「陰陽道」については何も知らないので「陰陽思想」に絞ってお話をしていきます。
私は太極拳のレッスンを受けはじめて5年目に入ります。去年からYouTubeを観ながらお家健身気功を始めました。さらに最近、五行健康操というエアロビ要素があるという健康体操もやり始めています。すべて中国のものです。
太極拳は型を覚えなければならないのですが、健身気功と五行健康操は初見でもできます。
できる、できないがない、私でもできた、しかありません。
私は運動音痴、リズム音痴のため、スポーツ・クラブでのレッスンはエアロビなどは絶対無理。ダンスなどもほぼ全滅。ちょっとトライしてもできない、という自分を感じてばかりです。
運動神経の良い人には絶対わからない敗北感がそこにはあります。同時に自己否定が生まれてしまいます。
ところが健身気功にしろ、五行健康操はそんな私でもできる、しかも気持ちいい、五行健康操はさらに楽しい。初回から満足感しか感じません。
なぜなんだろうと思って調べみて、これだ ! と感じたのが「陰陽二元論」の考え方。そっか、そういうことなんだな、と。
元々「善悪」に分けて考えるお国ではないので、誰もができるものを誰もができるような展開で考えたのではないでしょうか。ハードルをメチャクチャ低くする。脱落者を出さない。健身気功などはさまざまな流派がありますから、選択肢の幅も広い。趣味で楽しむ程度なら、複数の流派のタイプが私たちを待っていてくれます。
スポーツ・クラブの有酸素運動系レッスンで何度も挫折を味わった私にとって、中国の健身気功、体操系は救いの友となりました。彼らの懐の深さを感じました。
中国に対して、快く思っていなかったり苦手意識をもっている人が私の周りにたくさんいます。私自身二年前にマカオ旅行に行くまで、中国の人は苦手な方でした。
マカオに行って、彼らから大陸の風を感じました。彼らはおおらかなのです。太極拳の動きなどをみてもわかります。もちろん流派によってさまざまな型がありますが、たいてい動きがゆっくりでしかも優美。
基本的に何かを受け容れる、何かと融けこむ、というような包容力を感じました。
健身気功は、まさに自然との一体感を即時に感じさせてくれますし、五行健康操はとにかく楽しい。
見た目的に洗練された感じはないんです、五行健康操の場合。
それでも楽しくて、個人的には今、最高のお気に入り。
たまたま私には合う、というだけのものなのかもしれませんが、その根底に流れる「物事を善悪でわけない」という考え方のエネルギーに癒されたからなのかもしれません。
人の優しさってなんでしょう。
懐の深さってなんでしょう。
「受容力」と関係しているのかもしれませんね。「包容力」とも。
包み込む大きさ、優しさ。
私はマカオに行って中国の人に対する感じ方が大きく変わりました。どこかで何かがつながっている感覚を肌で感じました。
家のそばのレストランの中国人スタッフはみんなハートフルです。
お互いに、寄り添い合いたい、とこころのどこかで感じているからなのかもしれません。
ほんの少し目線を変えたら、私は中国との距離感が縮まりました。ただただ個人的に。
その大元が「陰陽二元論」につながっているとしたら、なんて素晴らしい叡智なのでしょう。
むずかしい思想としてではなく、ただ感覚的に分離がない、一つの何か、という大らかさ、丸さ。すべての人のこころの中に、この意識が流れているのかもしれませんね。
流れているものは一つ。
視方によって表現が変わり、まったく別物に思える場合があるけれど、大元はすべて一つ。
そんな意識の拡がりを引き出してくれた考え方です。誰かに対して、何かに対して苦手意識が膨らんだ時こそ、ちょっとだけ意識できるといいな、と感じています。
融け込み、混じり合い、また新しい何かが生まれる。
※ 追記
執筆中、パツパツのエネルギーを感じます。
かつての私は陰陽、と聴くと、陽がよくて、陰はよくない、ということを漠然と感じていました。「陽気な性格」「陰気な性格」とか。
陽気だから善、陰気だから悪、ということではないということがわかりますね。
陽気な性格にもデメリットがあるかもしれません。
陰気な性格にもメリットがあるかもしれません。
メリットもデメリットもどちらもがあって、一つの何かになる。
デメリットを隠さない人になりたいな。デメリットもきちんと受け容れたいな。
すると「ひとつ」が視え始めるかもしれないから。