私の最大の弱点、それはハート、心です。
そして最大の長所、それもハート。
ずっとそうじゃないかと感じていたんですが、今、ストンと腑に落ちました。
私の心の弱さ、天下一品、
そして心の強さ、天下一品。
おわかりになりますか、この表現で。
私のハートは愛のエネルギーが満タンになると「最強」のハートになり、
恐れのエネルギーが満タンになると「ものすごぉく弱い」ハートになるということです。
多分、ハートの強さが人より少し強いのではないでしょうか。
けれど同時にそれは人より感じやすく、いったん「不安」が膨らむと
とてつもない勢いで不安に占領される、そんな特徴があるような気がしてきました。
「愛」と「不安」は表裏一体。
愛の光が満ち溢れている時には「愛」、
愛の光が極端に減った時には「不安」という形で私は意識のエネルギーを認識するのだろうと思います。
動物君は基本「愛」モードです。
本能的に「不安」モードに変わることがあるのですが、持続性はありません。
例えば、私がものすごい「不安」に陥ったとします。
愛犬・華実や愛猫・海・うみは短時間「不安」モードに陥ります。
けれど彼らのデフォルトは「愛」なので自然治癒力の働きによって自然に「愛」に戻ります。
これをあまりにもしょっちゅう繰り返すと、彼ら自身の自然治癒力が誤作動をはじめて、一般に言われる「病気」という症状を引き起こします。
けれど「病気」になっても彼らの本質は「愛」。
「愛」をもって私のハートが「不安」に満ち溢れていることに早く気づいて、と見守ってくれています。
そのことに私自身が気づいた時、彼らの「病気」は時間と共に治癒の方向に向かいます。
私と同じように心の弱い方は、愛が強い、という特性をもっていると認識してみてはいかがでしょう。
今「不安」に満ち溢れている、という方は、一旦それを受け容れてください、つらいけれど絶対逃げないで。
すると、あら、不思議、自然に「愛」の人に戻ります。
一般にデリケートな方が「不安」モードに長時間傾くのは、その「不安」を感じることから逃げているからではないでしょうか。
その「不安」はあなたが感じることによってのみ、受容され、その結果手放しが起こります。
手放しのチャンスを逃しているのはあなた自身の「ハート」です。
この基本原則を覚えておくと、「不安」と寄り添う方法論が自然と見つかるようになるはずです。
口当たりの良い食べ物が必ずしも身体によいとは限りません。
耳当たり ? の良い言葉を吐いてくれる人が必ずしも「愛」の人とは限りません。
その人もまた自分の恐れを耳当たりの良い言葉でカモフラージュしているだけに過ぎないのかもしれませんから。
私たちは「愛」と「不安」、いずれもを感じる生き物です。
愛優位にしたければ、一旦不安を感じる。
そのうちに「不安」を感じても怖くないし、まして「不安」を感じて死んでしまうようなことはないということがわかってきます。
逃げるということは、自分を否定しづけるということ。
「不安」も大切な私たちの一部です、怖くてもそっと寄り添って抱きしめてあげましょう。
その時、あなたも私も大きくて優しくて明るい光に包まれていることを感じることができます、それが自己肯定の第一歩です。
私の「弱点」、すごく大切なことに気づかせてくれました。
「弱点」もまた宝物。
もちろん人にはそれぞれ「ペース」と「タイミング」がありますから、焦らずに。
行きつ、戻りつを楽しみながら、ですね。