昨年の11月から自己流断捨離を楽しんでいます。
「自己流」というのは、私は何かをする時、そのメソッドの提唱者の方の「説」をじっくり勉強しないタイプだから。
その方のその説は、その方にはベストでももしかしたら万人には向かないこともあるはず。またあまりにも勉強してしまうと、自分のフィルターより、その説の提唱者のフィルターが勝ってしまうような気がするから。
お仕事としてそのメソッドをとりいれるのならきちんとお勉強するんでしょうけど、個人的、なので自分流が一番私には快適だということを自分自身の性格からみて理解させてもらっているからです。ハードルを上げて完璧を目指し過ぎると、「できた」「できない」のジャッジと「できない」場合のそれに伴う罪悪感が生まれてしまう性格。そう、どんな小さなことでも自己否定に繋がる要素はできるだけ減らしたいのです。
逆に言うと、どんな小さなことでも「私にもできた !」を積み上げて自己肯定につなげたいから。そうなんです、早い話が自分のペースが一番ということに気づいてしまったのです。
そんなわけで、自己流で始めた断捨離ですが休みをはさみながらもすでに一か月半くらい続いているのではないかと。きょうもしました、クローゼットの奥から前の住所での名刺がたくさん出てきたので(笑)。
さて、自己流断捨離で私の気持ちに大きな変化が生まれました。
まず、衝動買いの癖がピタリ、と止まりました、治りました。
私は元々「買い物依存」の傾向があって、洋服やアクセサリー、メイク用品など、とにかく買いまくる、という「浪費タイプ」でした。しかも経済観念なし。家計簿をつけたこともないほど。
言ってしまえばお金の管理にルーズなタイプです。
それがなんと !
一切の衝動買い欲求がなくなり、また簡易式ですが、お小遣い帳レベルのノートを書き始めました。家計簿までは行きません、でも、すごい、この年になって初 ! の出来事です。そのお蔭なのかお財布にたまりがちだったレシートはすぐ処分の方向に。またポイントカードなどはほとんど捨ててしまいました。
ポイントカードの捉え方はいろいろですよね。何が正しいか、というより、何が自分の価値観に合うか、という判断で私の場合はほとんど破棄 ! が気持ちよかったので、それほどストレスを感じることもなくポイントカードを卒業できました。
お蔭でお財布はスッキリ ! 小銭もそんなに増えないし、ガラ空き傾向と言えるかもしれません。なんとなくお金君たちもスペーシャスで気持ちよさそうです。
そう、この「スぺーシャス」こそ断捨離の魅力の一つかもしれません。
家のものも思いっきり処分しました。クローゼットはガラガラに空いているし、デスク周りから資料の山もなくなりました。メイク用品はヘタをすると1~3年分くらいはあるかも。これはあえて捨てませんでした。本当は減らす方がいいらしいのですが、いずれ使うものばかりなのであえて捨てなくてもよいだろうとの判断です。
靴やバッグ、洋服などは本当に気にいったものに絞りました。
日曜雑貨の類はストックが少しありますが、これもあえて減らさず、そして増やさず。なくなったらそれだけを補充する、というスタイルに変更。スーパーなどでのまとめ買いセールには目を向けないようにしています。というか興味がわきません、なぜか。
私はキラキラ系雑貨やエスニック雑貨が大好きなので、これは大量に処分。こだわってこだわって探した雑貨類。でもそれらがあると掃除も大変だし、もちろん場所もとるし、結構な手間とスペースが必要なことに気づいたためです。
ベランダのガーデ二ング・グッズも最小限に。愛犬・華実の洋服や愛猫・海・うみの使わないオモチャなどもすべて処分しました。
う~ん、わが家ってこんなに広くて綺麗だったんだ、とその感覚を味わえたことが最高の贅沢気分につながりました。
こんなに広くて、というのはこんなにもスぺーシャスという意味です。モノのおいてない空間がものすごく広くなったということ。
モノが減ってお掃除も楽になりました、そのお蔭でお掃除そのものが楽しくなりました。家具の一ひとつひとつを磨き始めています。昨年末の大掃除以来わが家はキッチンまでピカピカモードを保ってくれています。
これはゴミ、と思ったら手元に置かず、すぐに捨てるような癖もつきました。いろろいなモノの定位置が決まったため、モノ探しにかかる時間的ロスも少なくなりました。
今まで何度も挫折した「断捨離」、ここまでこれただけでも大感激です、それでもまだまだ減らせそう。
そんな感じで100%ではないけれど、自分のお気に入り、あるいは今の自分に合ったものメインで家の中がレイアウトされています。
すごく嬉しいのは。
私のデスクはすごく大きくて、なんとも居心地の良いお仕事スペースが出来上がったこと。この家に引っ越す時に、一番こだわりにこだわって買ったデスクが資料の山でキツキツだったのは、多分私の心にものすごいストレスを与えていたのかもしれません。
資料は最小限におさえました。特に書籍類などは処分するのもはばかられ、最大のネックとなっていましたが、きょうも5冊処分を決めました。
私が書きたいことはおそらく私の中にひっそりと隠されているはずだから。そして気持ちに余裕ができた分、それらの言葉がよりスムーズにうかびあがってくれそうだから。
私の作品の内容も変わるのではないでしょうか。今までの路線は路線として、すごく勉強になったし、またたくさんのペット君&ママさんの喜びや幸せにもつながったのではないかと。そんなお役目を果たせたことに心から感謝の気持ちでいっぱいです。
今後、私の中からあふれてくる世界はちょっと異なる世界、異なる路線になることがなんとなく今の楽しみになっています。
そのための「自己流断捨離」期間だったのかもしれません、素晴らしいGiftをいただいちゃいました。
この家、天国在住の愛猫・海・かいと住むために主人と探しまくった家です。海・かいとの思い出がいっぱいつまった家です。
そして今は愛犬・華実と愛猫・海・うみとの楽しい生活が繰り広げられている、最高にお気に入りの空間。古いマンションだけれど天井が高くて、部屋の壁やドアが白で統一されているのも個人的好みにピッタリです。
本当はすごくいい家だったんだな、と。そこに気づけたのも嬉しいごほうび。この街に住みたくて住みたくて何年も何年もこの街に通い続け、それでもなかなかご縁が繋がらず、やっとこの家に遭遇できた時のあの喜びが蘇ってきます。
そして海・かいのお迎えの日。海・かいのためにキャットタワーも奮発して。海・かいが家に来てすぐ、教える間もなくキャットタワーで爪とぎをしてくれて大感激。以来、海・かいとの時間は私に幸せしか与えてくれなくて。
そんな海・かいとの想い出は忘れようとしても絶対に忘れられない。なぜなら、この家には海・かいはしょっちゅう帰ってきているから。天国に戻ってもなお、海・かいは海・かいでいることを私自身にアピールするかのように、けれどすでに「愛猫・海・かい」ではなくなっていることも確実にわからせようと、あの手この手で私にアプローチしてきます。
この「断捨離期間」もきっと海・かいの計らいなんでしょう、これから、今まで以上にデスクに向かう時間を楽しんでニャ、という。
海・かいとの生活はまだまだ続いていくのですね。そのためには心の余裕を想い出して、と。これから本当に書きたいことを書いて。私自身のハートの喜びのために、と。
海・かいが天国に還ってすぐに私に届けてくれたプレゼント。それは「自分の足で立て」という言葉と「自由」、そして「joyの波動で生きろ」というメッセージだったのです。モノにあふれたこの家では、そんなことさえ想い出せなくなっていたのかもしれません。
明日10日は海・かいの月命日、命の日。
こうやって海・かいのことをしゃべりだすと止まらなくなってしまうのも、海・かいがいつも私のお役目を応援しているよ、というメッセージをくれているからなのでしょうね。海・かいがこの家と私のハートにとびっきりの風を送り込んでくれたのです。もしかしたらそれは海・かいの息吹なのかもしれません。
ペット君とのご縁は一生モノ。肉体がそばにあろうとなかろうと。
わが家だけのお話ではないはず、ですよね。